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東京高等裁判所 昭和38年(ラ)596号 決定 1963年11月29日

抗告人 熊谷源三郎

訴訟代理人 鈴木周

相手方 植田景三

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、更に相当の裁判を求める。」というにあり、その理由は次のとおりである。

一、本件競売手続において、別紙目録記載の宅地の最低競売価額を五三万二、一七〇円、同目録記載の建物の最低競売価額を一三万三、〇五〇円となし、昭和三八年八月一三日の競売期日に山野慶造が右各価額による最高価競買申出をなし、同月一九日競落許可決定となつたのであるが、右各最低競売価額の算定は甚だしく低廉に過ぎ現時の一般物価等より考えて到底納得し得ざるところである。これが正当なる価額は、抗告人提出の証明書(土地家屋調査士の鑑定書)の如く右宅地の価額は一五六万八、〇〇〇円、右建物の価額は二七万三、七五〇円であり、本件の債務は元利損害金共にて金七二万四五〇〇円に過ぎないから右宅地のみを競売するも充分に弁済し得べく、敢て右建物迄に及ぶ必要は少しもない。しかるに物件価額を余りにも低廉に評価したため弁済に不必要な物件迄競売されるに至り抗告人の損害は甚大である。

二、本件競落物件については、抵当権設定後、短期賃借権設定仮登記あるに拘らず競売公告に右賃貸借の公告をなさないで競落を許可した違法がある。

よつて先づ抗告理由一より考えるに、本件記録によると、原裁判所は、昭和三七年八月二八日本件不動産競売手続開始決定後別紙目録記載の不動産外一点につき鑑定人郡司貞孝に対し評価を命じ、同鑑定人の同年一〇月一五日付評価書による評価額即ち別紙目録記載の宅地については金七三万円、同建物については金一八万二、五〇〇円、を以て夫々最低競売価額となし本件第一回競売期日を開いたが競買申出人がないまま右最低競売価額を逐次相当に低減しつつ新競売期日を重ね、第四回競売期日である昭和三八年八月一三日に右宅地につき五三万二、一七〇円、右建物につき一三万三、〇五〇円の各最低競売価額で山野慶造が競買申出をなし、同月一九日競落許可の原決定がなされるに至つたことが認められる。しかして、鑑定人郡司貞孝作成の前記評価書によるも右評価額が違法な鑑定方法によつて算定されたとは認められないから、右評価額を以て第一回競売期日の最低競売価額とし、競買申出人がないまま競売法第三一条により準用される民事訴訟法第六七〇条により右最低競売価額を逐次相当に低減した価額を以てその後の、新競売期日の最低競売価額としたことについては何ら違法の点はない。ところで別紙目録記載の宅地、建物の各競落価額(第四回競売期日における各最低競売価額)が、抗告人提出にかかる嶋根理一作成の昭和三七年一一月一九日付証明書記載の各評価額よりも低廉であることは明らかであるけれども、最低競売価額が単に低廉であるというようなことは、競売法第三二条によつて準用される民事訴訟法第六七二条に列挙する何れの事由にも該当しないから、同じく任意競売に準用される同法第六八一条第二項、第三項による競落許可決定に対する抗告理由とすることはできない。

次に、抗告理由二について考える。本件記録によると、別紙目録記載の宅地、建物については、昭和三六年四月一七日本件競売の基本たる抵当権の設定契約と同時に、右抵当債務金四五万円を弁済しないときは借賃一ケ月金三、〇〇〇円、借賃支払期毎月末日、存続期間三ケ年の賃借権が発生する旨の抗告人と相手方間の停止条件付賃貸借契約が締結され、これを原因として本件抵当権設定登記と同時に相手方のための賃借権設定仮登記が夫々なされていること、右債務金四五万円が弁済期である昭和三六年七月一七日を経過するも弁済されないため本件不動産競売手続が開始されるに至つたこと、及び本件競売期日の公告には何れも右短期賃借権を掲記しなかつたことが認められる。ところで、右の如く抵当権者自身が抵当物件所有者との間に抵当権設定契約と同時に抵当債務の不履行を停止条件とする民法第六〇二条に定める期間を超えない賃貸借契約を締結し、これに基いて右賃借権保全のための仮登記をなした場合は、他に特段の事情の認められない限り、右賃借権の設定は、原則として当該抵当権を確保する目的を以てなされるものと解すべきである。即ち、抵当権設定登記以後に第三者が民法第六〇二条に定める期間を超えない賃借権を取得してその登記をなしもしくは借家法に定める引渡を受ければ同法第三九五条により一般に抵当権者及び競落人に対抗しうるわけであるが、前記抵当権者は抵当権実行に際し、仮登記に基く本登記をなすことによつて第三者の賃借権に優先する対抗力を有することになるから、右第三者に対し賃借権登記の抹消あるいは不動産に対する妨害の排除を請求するなどして抵当権者及び競落人に対抗しうる第三者の賃借権を排除し、以て抵当物件の有する担保価値を回復するという目的を有するのである。従つて、抵当債務の不履行によつて発生した抵当権者の賃借権も、抵当権者の競売申立に基き競売開始決定登記がなされる時迄に第三者の短期賃借権の登記もしくはこれと同一の効力ある引渡のない場合には、賃借権の本登記をなす迄もなく抵当権確保の目的を達して当然に消滅するものと解するのが相当である。蓋し、賃借権設定の本来の目的が叙上の通りであるからそのように解しても抵当権者の利益を何ら害しないのみならず、もし反対に解すれば、抵当権者は一方において抵当物件の価値を確保することによつてできる限り自己の債権の弁済を受けようとしながら、他方において抵当物件の価値を減少させるような権利を主張するという矛盾を生ずるからである。ひるがえつて、本件における抵当権者たる相手方のための停止条件付短期賃貸借及びこれに基く賃借権設定仮登記については他に特段の事情が認められないから、相手方の本件抵当権を確保する目的のもとにされたものと認むべきところ、本件抵当債務の不履行によつて条件が成就し、抵当権者たる相手方の前記内容の短期賃借権が発生したわけであるが、本件記録によるも本件抵当権設定登記後に前記宅地、建物につき他に短期賃借権の登記もしくはこれと同一の効力ある引渡のあつた事実が認められないから、相手方の本件競売申立に基く前記宅地、建物に対する競売開始決定登記がなされたことにより相手方の右短期賃借権は消滅したものというべきである。(なお、本件記録によると、前記宅地、建物についての短期賃借権設定仮登記は昭和三八年九月三〇日付で抹消されたことが認められる。)従つて、本件競売期日の公告に抵当権者たる相手方の仮登記ある短期賃借権を掲記しなかつたのは当然であり何等違法ではない。

以上の次第で、本件抗告理由は何れも採用し難く、その他本件記録を精査しても原決定を取消すべき違法を発見することができない。

よつて、抗告人の本件抗告は理由がないからこれを棄却すべく、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 菊池庚子三 裁判官 川添利起 裁判官 山田忠治)

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